はじめに
2019年10月5日、田町交通ビル6階ホール(東京都田町)にて、若者おうえん基金第2回シンポジウム「社会的養護から巣立った若者を応援する~困難を乗り越えられる社会・地域へ~」を開催しました。
主催者挨拶 藤井康弘(首都圏若者サポートネットワーク副委員長)
司会 土谷雅美さん(生活クラブ共済事業連合生活協同組合連合会)
当日は81名の方にご来場いただき、首都圏若者サポートネットワークの活動報告および、社会的養護下にある子どもたちの現状について議論を行いました。
共催団体挨拶 増田和美さん(生活クラブ生活協同組合・東京 理事長)
来賓挨拶 大信政一さん(パルシステム生活協同組合連合会 代表理事・理事)
来賓挨拶 永井 伸二郎さん(生活協同組合コープみらい副理事長)
基調講演
基調講演では、首都圏若者サポートネットワーク委員長・宮本みち子(放送大学・千葉大学名誉教授)さんより、貧困対策や児童虐待対策における若者おうえん基金の位置づけについて説明しました。
講演では、貧困の連鎖を生まないためには、子どもや若者の支援が不可欠だということ、支援が届きにくい子どもや家庭へのサポートが必要とされていることが強調されました。
14年の「子どもの貧困対策推進法」施行にあたって、検討委員会の座長を務めた宮本さんは、子どもの貧困対策が進んできたことを評価します。今年6月の改定では、都道府県だけではなく、全国の市区町村が子どもの貧困対策をしていかなければらないと明言されたことに触れ、かなりの前進だと話しました。
しかしその一方で、まだまだ手薄な部分もあります。そのひとつが、児童養護施設退所者等に対する支援、さらには児童福祉施設にさえ入れず、虐待を受けて育ってきた若者などへの支援です。
若者おうえん基金の活動は、そうした支援が届いていない、または届きにくい子どもや家庭にも支援を届けようという試みでもあります。
また、児童養護施設等退所者への支援においては、近年メディアで大きく取り上げられるようになった「児童虐待」についての理解が欠かせません。
厚生労働省の調査(平成25年)によると、児童福祉施設に入所している子どもの約6割、里親委託の子どもの約3割が 虐待を受けた経験があるとされています。
関係者が口を揃えて指摘するのは、虐待を受けて入所する子どもたちの多くは心身ともに深い傷を負っていること。さらに、成人に達した後もその“後遺症”に苦しむケースがあるということです。
しかし、そうした社会的な自立能力が十分に養われていない子どもほど、早期の自立を強いられています。支援をする人も、お金も、受け皿となる施設も不足しているからです。
そうした中で、若者おうえん基金は、「施設から社会への移行を応援していく環境づくりのひとつ」と宮本さんは説明します。
首都圏若者サポートネットワーク活動報告
次に、首都圏若者サポートネットワーク事務局長の池本修悟さんから、若者おうえん基金立ち上げの経緯や活動内容について紹介しました。
はじめに、ご支援くださった皆様のお力添えにより、昨年度の寄付総額は1371万3509円にのぼり、9団体10件に対して総額1056万7020円の助成を実施したことを報告しました。その他、チャリティ自販機の取り組みや今後の展開についても紹介しました。
つづいて、同じく事務局を務める一般社団法人くらしサポート・ウィズの中根康子さんからは、体験就労プログラムの実施報告がありました。
くらしサポート・ウィズでは、働く場がたくさんあることや、あたたかいメンバーがいるという生活協同組合の強みを活かして、「自立援助ホーム」に暮らす若者を対象とした就労体験の機会を提供しています。
就労体験を経て、現在もアルバイトとして活躍するある若者は、もともと自分に自信がなく、人が怖いと感じていたそうです。しかし実際に働いてみると、「みんなが自分のことを応援してくれるのでがんばれる」と、現在もアルバイトを継続していることが紹介されました。
2018年度若者おうえん基金助成先団体活動報告
そして、基金の助成を受けた団体からは具体的な支援事例について報告いただきました。
「一般枠」からは、児童養護施設退所者の支援を行う「こもれびホーム」のスタッフが活動報告を行いました。こもれびホームでは、元・児童養護施設職員のスタッフが、ボランティアで施設退所者の居場所の提供と支援を行っています。
今回支援事例として紹介されたのは、児童養護施設を退所した24歳のお母さんの話です。彼女は以前、借金に苦しんでいたことから、こもれびホームに相談に訪れていました。その後、2歳年下の男性と付き合い妊娠が発覚。こもれびホームのスタッフが、公費ではまかないきれない出産費用などをどう工面するか頭を悩ませ、駆け回っていたところで、基金の助成を活用できることになりました。その後、無事に女の子が生まれ、支援者らが出産後アパートに出向いて、食事をつくったり沐浴を手伝ったりしたことが報告されました。
「先駆的実践枠」からは、NPO法人パノラマの小川杏子さんが登壇。神奈川県のクリエイティブスクール(学力試験がない県立高校)で行っている、「高校内居場所カフェ」の実践について報告いただきました。
クリエイティブスクールに在籍する高校生たちの背景をみていくと、貧困や虐待の連鎖が起きており、さらに社会的に孤立していると小川さんは指摘します。
その中で、今回は親からの虐待で家を追い出され、友人宅に身を寄せていたある女子生徒の支援事例についてお話いただきました。
若者おうえん基金の話があったのは、高校を中退することになった彼女が、一人暮らしをしていくうえでの初期費用の問題にぶつかっていたときでした。
基金の助成を受けて部屋を借りることができ、家の鍵を渡したときの女子生徒のほっとした顔をみて、小川さんは安心して暮らせる場所があることの大きさを実感したと話します。
支援対象となった女子生徒は当初、困っていても、「これまで大人に相談しても何も変わらなかったから」「どうせ若くして死んじゃうから」と口にしていたそうです。
そうした子どもたちを見てきた小川さんは、「助けて、困っている」と言えない子どもたちがいること、「やばい」「キモい」「うざい」としか自分の気持ちを表現できない子どもたちにも支援が必要であることを知ってほしいと話します。
パネルディスカッション
シンポジウム後半は、首都圏若者サポートネットワーク顧問であり、元厚生労働事務次官の村木厚子さんがモデレーターを務め、パネルディスカッションを開催。
はじめに、児童養護施設「子供の家」施設長の早川悟司さんから社会的養護の現状や虐待の影響についての説明がありました。
早川さんは、日本の社会的養護下にいる子どもの数は少ないと指摘します。つまり、本来は保護を必要としていても、保護されていない子どもがたくさんいるということです。
その背景にあるのは「自己責任論」であり、「日本では、子どもを生んだ親が責任を持って自分で育てろという風潮がまだまだ根強い」と言います。
虐待が子どもに与える影響については次のようなものがあると早川さんは話します。
- 「発達障害」と反応性愛着障害
- 低い自尊感情・学力・学歴
- さまざまな「行動上の問題」
- 「居場所」の再喪失
- 「展望」のなさ
こうした虐待の影響は大きく、「すぐにキレる」「笑わない」「目が合わない」といった特徴を持つ子どももいます。早川さんは、そうした子どもたちのケアには長期的な支援が必要と訴えました。
「一般的には、そうした子どもたちは児童養護施設などで可愛がられて回復していくんだと思われていますが、そんなに簡単には回復しないんです。そもそも回復するための力が養われてきていない。だから10年、20年がかりでサポートしていく必要があるんです。場合によっては、施設を退所したあとも見ていかなければならないケースがあります」(早川さん)
元厚生労働省家庭福祉課長であり、現在はNPO法人東京養育家庭の会の参与を務める藤康弘さんからは、里親家庭における自立支援の今後についてお話いただきました。
藤井さんは、ご自身の里親としての経験から、「難しい生育歴の子どもを里父里母だけで面倒みるのは難しい。そのため、児童養護施設や乳児院に里親支援の役割を担ってもらいたい」と話します。
里親は児童福祉の専門家ではありません。そのため、子どもの状況に応じて適切な支援先につなげられるだけの引き出しを持っていないことがあります。子育て期間はもちろん、里子の自立後にトラブルが起きたときにどのように対応するのかは大きな課題となっています。
藤井さんは、「里親のもとで暮らしている時点から、予め措置解除後も支援してくれる機関とのつながりを持っておくことが必要ではないか」と提案します。一方で、そうした機関は多くないことは課題だと問題提起しました。
一般社団法人くらしサポート・ウィズ理事長の吉中由紀さんは、くらしサポート・ウィズの概要と今後の展望について説明します。
くらしサポート・ウィズでは、ひきこもり当事者や、成人した子どもの悩みを持つ親向けの情報提供事業として居場所づくりを行い、18年度にのべ520名が参加。パルシステム会員生協との連携もしており、奨学金伴走や居住支援など幅広い事業を行っています。
吉中さんは、「今後はもっとも困難な状況に置かれている若者に対して何ができるのかを模索していきたい。また、組合員以外にも開かれたイベントや、地域活動に対する助成も行っているため、多くの人に関心を持ってもらいたい」と呼びかけました。
生活クラブ連合会常務理事の伊藤由理子さんからは、生活クラブ生協の概要と、活動報告がなされました。
生活クラブ生協もまた、広く人間のライフステージにかかわる事業を持っており、そうした特長を活かして、社会的養護のもとを巣立った子ども・若者の支援も行っています。
伊藤さんは、「福祉の分野は、困っている人のためはもちろん、自分たちあるいは自分の子どもたちの世代に手渡す社会のために必要なものだと考えている」と基金に関わる意義を語りました。
最後にモデレーターを務めた村木さんは、「どんな子どもでも、選択肢と社会的なつながりを持てる社会にしたい。みんなで困難な状況をなんとかしていく“We do”を合言葉に、活動していきたい」とシンポジウムを締めくくりました。
若者おうえん基金は、児童養護施設や里親などの社会的養護の下で育った子どもたちの自立を支えるための基金です。とりわけ公的支援が手薄になりがちな、施設退所後のサポートに着目し、子どもや若者に寄り添いながら伴走型支援をする団体や個人へ助成金を給付しています。
おわりに
閉会挨拶 池田徹さん(公益社団法人ユニバーサル志縁センター 代表理事)
基金では、クラウドファンディングなどを通じて広く寄付を呼びかけ、2019年11月15日までに300万円を集めることを目標としています。(https://camp-fire.jp/projects/view/188957)助成先の公募も同時に実施し、2020年2月の助成を目指しています。
(書き手:大友一葉、写真:沼上純也)