石田:これからお話することは、個人的な意見を含めた発言となることをご理解ください。
われわれは食品、主に飲料を提供する企業として半世紀にわたってやってきております。いまはまさに貧困とか、育つ環境のなかで食習慣そのものができていないという状況があります。そしてそういうこと自体が、われわれ食品業界が拠って立つ基本的な基盤を崩しかねないという側面を持ち合わせているんですね。
企業というのは、基盤が崩れたら本当にお客様がいなくなる。企業を支持したり、支援したり、理解したりしてくれるお客様が存在しないと、そもそも企業は成り立たないんです。そういうところからすると、いま村木先生がおっしゃったお話も、われわれ企業としてのお客様の問題の一つとしてとらえられるわけです。
村木:いま「食」っておっしゃっていただいて、すごくうれしかったんです。子どもの貧困について、役所だと、何パーセントだとか、何人いるとか、相対的貧困率の計算はこうやるとか、そういうことから入るわけですよね。(数字を見て)分かったつもりになってたんですけど、ものすごく実感したことがあって。
あるスクールカウンセラーの人からお聞きした話で、「どうも課題があるな」と思ってる小学校3年生と1年生の姉妹が学校にいて。その子たちが遅刻してきたので、いい機会だからちょっと家庭の状況を聞いてみようと呼び止めて、リンゴをむいて、お皿に盛って、フォークを添えて出したそうなんです。
そうしたら小学校3年生のお姉ちゃんが「リンゴおいしいね」って、「かむと、しゅわって汁が出ておいしいね」って。「私は保育園で食べたことがあるけど、あんたは初めてでしょう」って小学校1年生の妹に言ったと。小学校1年生のほうは、ちょうど歯の抜けかわる時期で前歯がない時。その口でリンゴを食べながら「おいしいね」って。
そうやって二人がリンゴを食べたっていう話を聞かされたんです。聞いたら、果物って貧困家庭にとってはすごく高級品で。もし100円があったら、食パン8枚切りを買って、リンゴ1個は買わないって。
その後、女子少年院へ見学に行ったら、お昼ご飯のタイミングだったんですけど、すごく偏食の子とか「果物はほとんど食べたことがない、苦手」っていう子がすごく多いということでした。
家庭とか暮らしとかいうもののなかで、子どもの頃から積み上げていかなきゃいけないもののすごく大きな部分が「食」だと思うんです。食をやってらっしゃる会社さんがそういうところに目を向けているっていうのは、すごく納得をしました。
石田:一方で、もちろんわれわれも利益を求めている営利企業ですから、市場をなるべく広げていく命題があります。国内のみならず、海外に進出して、新しい市場をつくって発展していく。そういうときに、その国の経済状態、あるいは社会状態がなるべく上がっていけば、市場として確立され、お客様になっていただける可能性があります。そういうことは考えていますね。
だけどその一方で、先生のおっしゃるようなことが国内で起きている。海外の新興国でもだんだんと市場が大きくなり、われわれが日本で提供しているシステムや製品をお客様に提供していこうかというときに、国内ではちょっと違う問題が起きているということですね。
村木:(海外の経済状態と関連して言うと)子どもの貧困って、やっぱり絶対的な貧困もあるけど、相対的貧困がけっこう大事で。他の子ができているような経験とか、あるいは他の子が持っているようなものを持てないっていうのが、すごく子どもたちのハンデになっています。
進学率が特に顕著で。日本全体の平均で言うと高校卒業後にさらに進学する子が7割で、生活保護の家庭でもいま3割は進学できてるんですね。ところが、社会的養護で施設なんかにいる子の進学率は2割なんですよ。
これは手が届いてなくて、かつ支援をしたい事例の典型みたいなものですけど、奨学金をもらったりしながら、なんとか頑張って大学や短大・専門学校へ進学をすると、学費と生活費を稼ぐためにアルバイトをするわけですよね。そういうなかで体力が続かなくなったり、あるいはアルバイトのほうにウエイトがいって学校の出席が足りなくなったりとかで退学する子たちがいます。
そういう厳しい状況にいた子が、また困難に一人で立ち向かわなきゃいけない状況っていうのは、本当になんとかしたいと思いますね。
石田:われわれの伊藤園という会社は、5,500人規模で、グループ全体では8,300人ぐらいの戦力でやらせてもらっています。会社ができてから半世紀が経ちましたけれど、さらなる持続的な成長のもと、100年企業を目指しています。
そういう(持続性のある)会社は、先ほど申し上げた市場にも支えられなければいけないけれども、それを担っていく労働力も大事な要素です。日本のなかに、労働力を市場に提供してくれる人がきちんといないといけないという、そういうことでもありますよね。そういう意味でも、先生のおっしゃるこの問題はなかなか大変な問題だということが分かります。
村木:(日本は)少子化って言いながら、実は生まれてきて一人で頑張ってる子どもたちをあまり大事にできてない部分があるかもしれないですよね。
石田:私どもの会社の創業者は、兄弟お二人でして。社是は「お客様を第一とし 誠実を売り 努力を怠らず 信頼を得るを旨とする」というのですが、これを創業者のお父さまが二人に差し上げたと。これを大事にしています。
村木:いい言葉ですね。
石田:これを50年ほど前にうたったと。世の中ではCSR活動の整備を多くの企業が競い合う、ある意味いい時代になってきたと思いますけれど、伊藤園ではそれを創業の昔から、お客様の範囲を広く定義づけてきたと。消費者の皆様、株主の皆様、販売先の皆様、仕入先の皆様、地域社会の皆様、これら全てがお客様だという認識のもとに、事業を続けてきています。
なかでも一番典型的な取組として、「茶産地育成事業」があります。事業を続けるには原料としてのお茶(茶葉)がとても大事になります。しかし、年々、農業をやる人が少なくなり、耕作放棄地が増えているという問題が出てきています。そこでわれわれが地方の行政と手を組んで、「ぜひ農業をやりたい」という新しい人に対して、きちんと基盤を整備して、ノウハウを提供して、そこで栽培したものは全量われわれが買い取りましょう、契約をしましょうという、新産地事業を2001年から続けています。
あとは茶殻のリサイクルですね。茶飲料をつくると、水分を帯びた茶殻がたくさん出ます。これらは飼料とか肥料ぐらいにしかならなかったところを、新しい活用法がないかと。これがまさに茶殻を使った紙なんです。
村木:すごい。
石田:紙以外にもいろいろな形で100種類を超える製品があります。最近は、スポーツメーカーのミズノ様と組んで、人工芝の充填剤にこれを入れ込む。そうすると、これが普通の人工芝よりも相当な地面の温度上昇抑制効果があります。
村木:そうなんですか。
石田:そういうことの延長で、自動販売機についても社会的な課題に対応できるようになっていまして。おぎゃー献金や日本赤十字社、それから犯罪の被害者をサポートする活動などに、自動販売機での売上の一部を寄付して、使っていただく。こういう活動をけっこうさせていただいています。
そういう活動を地道にやってきているものですから、そういう基盤の上に先生がたのお話を聞いて、趣旨に賛同できるということで、今回もチャリティ自販機という形で参加させていただきました。
村木:すごいですね。つい先日フィンランドに行って、林業とパルプ(紙の原料)製造について見る機会があって。フィンランドでは、パルプの企業がきちんと森林を保全するということを意識的におこなっていて、伐採する木よりも育てる木の量を多くしたり、パルプをつくるなかで出たものを全部回収してできるだけ製品に変えていると。
営利活動としてやることが、まさにCSRとかSDGsとかと直結して、生産性の高さにも結びついてるっていう。それを見て、「なんて賢い国民なのか!」と思ってたんですけど、日本だってちゃんとやられてる所もあるんですね。いまお話をお聞きして、すごく発想が似てるなと思いました。
石田:山の水源林づくりまでは、われわれはまだ手が届いていないんですけれどもね。もちろん飲料メーカーですから、お水も使うわけです。日本国内では水がどうかなってしまうという危機感がまだそれほどないのが実情です。しかし、世界的には水資源とか森林資源とか、「まず資源を大事にしていこうね」というところから始まって、それを全部組み込んだ形の経営スタイルというものが中長期で見て一番効率的で、投資する側からも支持されるという形なんですよね。
村木:そういうふうに先駆的な御社のような企業があって、だんだん世界中がそういう発想になってくるっていうのは、将来に向けて少し希望が持てますね。
石田:そんな別に先行しているわけではないですけれども、ただ気がついてみたらCSRの発想と同じことを、わりと地道にやってきたということは言えると思うんですよね。
ただ、CSRとして求められるレベルが、いまはだんだん上がってきているんですね。社会的な要請であったり、環境的な要請であったり、ガバナンスが効いているかという要請、あるいは人権とか労働の要請だとか、いろいろな要請があるんですね。
そういうものの中で、自分たちの会社にとって不可欠なもの、あるいは得意なものを選んだり優先順位をつけたりしながら、先ほどご紹介したように自分たちの資本なり人材を割いて対応しているというところなんです。
村木:自動販売機もそうだし、お茶の育成とか茶葉のリサイクルだとか、本業とそれに近いところでがっちりやってらっしゃるっていう感じですよね。
石田:あまり(本業と)かけ離れたところでCSRをやると、それはその時はいいけれども、将来的に持続性を持てるかというのが問われますよね。
だから先生のおっしゃった本業とセットになったCSRですね。本当に本業の中にしっかり組み込まれているもの、「これは不可欠なパーツの一部だな」「これがなかったら自分たちは存立できないな」と、そういう問題意識に入れるところというのはかなり意識して、見極めながらやらせていただいているところですね。